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たまにゃ家族で

1 :某1:02/03/11 23:16
一応、「オヤジとサシで・・・」の2杯目です。
アッチは初っ端から「亡くなった」話で始まってしまったので、
コッチはひとつ明るい方向で。

前スレ「オヤジとサシで・・・」
http://yasai.2ch.net/test/read.cgi/sake/977201195/l50

2 :某1:02/03/11 23:35
ちなみにウチではオヤジが死んだ後、
母親を元気付ける為に誘いまくったら
飲めないハズの酒を「美味しい」と言いはじめた。
母親の、気を使った方便かもしれないけど、なんか以前より仲が良くなった、ような
やっぱりそうでもないような。

3 :呑んべぇさん:02/03/11 23:38
>1さん おつかれっす^^
私の両親は健在だけど、最近じゃ一緒に呑むことが多くなったなー。
昔の懐かしい話しちゃったりしながら、マターリ呑んでいます。

4 :呑んべぇさん:02/03/11 23:39
母親と二人でよく呑みに行くけど、
おとうさんの話題が出ると、二人とも泣き上戸だから
・・・・・・だめだなあ。

ごめん、こっちのスレは明るい話だったね。
「女だてらに酒を呑むなんて」と母親に説教されながら
一緒に呑んでます(w

5 :呑んべぇさん:02/03/11 23:46
従姉妹と飲みたいなぁ。
すごいきれいなんで。

6 :呑んべぇさん:02/03/11 23:47
母が離婚して引っ越したので、
祝い酒を持って行った。

とりあえず元気そうで安心した。

7 :呑んべぇさん:02/03/12 01:50
1さんスレ立てありがとう。いつもここにきてなごませてもらってます。

8 :呑んべぇさん:02/03/12 02:04
>>1
 新スレ、待ってました!ご苦労様です。
 このスレを見ながら酒を飲むと美味く感じます(w

9 :呑んべぇさん:02/03/13 22:15
1さん新スレ立てご苦労さま
オヤジとサシで・・・が、初めて立てたスレだったんですね。

家族じゃないけど今日は高校の時の親友と、恩師と一緒に飲みました。
家族で居酒屋に行くのもいいだろうなぁ。
でもうちは家族仲悪いのでとりあえず母と私の二人で行きたい。
ま、母は金ないからって連れてってくれないけどね・・・

10 :某1:02/03/13 22:50
恩師と飲みに行くってのは、ウラヤマスィ。
きっと「オマエはまったく昔から・・・」なんて言われながら
笑いあって飲んだんでしょうなあ。いいなー。

11 :呑んべぇさん:02/03/14 00:36
仕事が忙しくて、午前様で帰ってしまうことは日常茶飯事。
そーすっと、台所で毛布にくるまって寝てる親父をよく見る。
どうやら一人酒をかっ食らってそのまま寝ている模様。

家では殆ど酒を飲まない漏れだが、たまにゃ一緒に飲んでやるかな。
前スレ読んでてそう思った今日この頃。

12 :前スレの934:02/03/15 01:23
1さんが前スレを立てたときより、1さんがお元気になられている様子が
わかります。
今の私は、お気に入りに入れて前スレにかじりついているけど
このスレも見守っていきたいと思います。

13 :呑んべぇさん:02/03/17 02:48
「泣ける 2ちゃんねる」で前スレを見て初めて来ました。
あまり明るい話ではないので恐縮ですが書かせて下さい。

私の母は私が5つの時に再婚、今の父は義父です。
正直言って、子供の頃はいろいろすれ違いました。憎んだこともあります。
その後私は卒業と同時に上京し、当初里帰りは一年に一度あればいい方でしたが、
8年前に弟(義父とは血が繋がっている、私とは異父姉弟)が脳腫瘍で
他界して以来、最低年に2回は帰郷する事にしました。
ただ一人きりの子供になってしまったのに、既に私は他県で結婚していたので
実家に戻る事が出来なくて、せめてもと自分に課した決め事でした。

弟が他界した際、母の憔悴ぶりも大変なものでしたが、
自分の、ただ一人きりの血を分けた本当の子供を亡くした父の心中は
・・・と考えると、胸が痛みます。父はただ黙って耐えていました。

昔はぎくしゃくした父と私でしたが、ここ数年は私が里帰りすると
「さ、呑むか?」と自らお酒の用意をしてくれます。
弟の事はまだ話せません。どうでもいいような時事ネタなどをひとしきり。
恥ずかしながら現在離婚し、実家に戻るのも可能になったのですが
父も母もまだ56なので、もうちょっと歳を取ったら帰るつもりです。
(本当は結婚生活で蓄えが無くなったので、新しい仕事でいくらか稼いでから
 帰ろうかな? っていう気持ちもあったりして/苦笑)

実は「たまの里帰りに父と酒を酌み交わす」今の状態が結構気に入っていて
もうちょっと続けたいな、とか思ってたりもします。
出来る事なら父と母(ほとんど下戸ですが甘いワインくらいなら呑めます)と
亡くなった弟と、4人でお酒を呑んでみたかったです。贅沢かな?

長くなってしまってすみませんでした。


14 :前スレの934:02/03/17 04:45
桜が綺麗ですね。(関東)
父の手札版を持って、今日、花味酒でもして来よう。

15 :呑んべぇさん:02/03/19 15:15
age

16 :呑んべぇさん:02/03/27 02:43
もっと聞かせてage

17 :呑んべぇさん:02/03/28 01:03
今から5年前。父さんは単身赴任で家から遠く離れたところへ。
当時、俺はまだ17歳で酒を飲むって事が
おおっぴらに認められていないので
飲むことが出来なかった。(親が厳しかった)
そして今年の3月中旬。中途半端な時期だが、会社の辞令で
やっと地元に帰ってきた。
しかし、俺はこの4月から就職のため実家を離れなければならない。

単身赴任中も盆暮れ正月はさすがに帰ってきていたが、
親戚の集まりなどで何かと忙しく、サシで飲む機会がなかった。
単身赴任から帰ってきた今回は!って思ったけど、
引き継ぎなどが忙しく毎日残業。
結局ラスト2週間もサシで飲むことはままならず終わりそう。
あぁ、いつになったらサシで飲めるんだろう。
全スレを読ませてもらって憧れていたんだが・・・。
でも今度飲むときは俺の稼ぎで飲むことが出来たらいいなぁ。

今、友達が開いてくれた、送別会帰りで酔っぱらって書いてるので
乱筆乱文スマソ!


18 :17:02/03/28 01:06
×全スレ → ○前スレ
すまそ

19 :呑んべぇさん:02/04/01 18:22
やっぱ、明るい話より泣ける話のほうがいいなあ。
スレ伸びないぜ。

20 :某1:02/04/01 23:14
明るくて暖かい話聞こうと思って。
スレ伸びるより厳選レスが欲しくて。

21 :呑んべぇさん:02/04/02 01:34
俺が親父と酒を飲んだのは五年ほどぐらいだったと思う
きっかけは俺が厨房の時に親父の晩酌で残った日本酒をくすねたあげく泥酔してしまい、翌日両親にえらい叱られたことだった。
その一件から親父は「正しい酒の飲み方を教える!」とかいって週に一度二度俺を晩酌につきあわせるようになった(当然未成年)。
親父と酒を飲むと決まって将棋の話題に及びいつの間にかビール片手に一局打っていたように思う。因みに結果はいつも俺の負けで飛車角落ちでも勝てなかった。

そんな親父も二年前の二月にガンで他界した。医者からガンの告知を受け入院してからというもの日に日に弱り一ヶ月で寝たきりになってしまった。
そんな状況でも「俺は治ってやる!お前とまた酒が飲みたいしな!」といっていた親父だったが年が明けたある日「もう駄目か」ともらした。
だいたい覚悟はしていたもののショックでその日は家族が寝た後に号泣しながら飲んだ。
そしてその日からまもなくして親父は52歳で逝ってしまった。

今にして思えば短い時間だったけど親父と飲めたのは非常に貴重なことだったと思う。ただし親父と酒を飲んだ五年間俺は未成年だったけど
いま父親がいる人は一緒に酒を飲む機会を大切にされた方がいいと思いますよ。いなくなってから写真を前に飲むのは寂しいですから。

22 :呑んべぇさん:02/04/03 04:33
いまの俺は海外赴任中。

赴任と言っても、家族でやってる会社だからたいしたことないのだが。
たまに日本に帰ったときは会社帰りに一緒に飲みに行きます。
決まって、仕事の話しになるのですが、漏れが海外に居て、考え方
が違うので、大喧嘩。このシステムが日本はおかしーねん。とか。

飲みに行った帰りに、一回だけ車のなかで(車でのみに行ったら危ないのだが)
車の中で殴り合いの喧嘩近くまでいって(これも危ない)

まぁ、お互いぎすぎすしてる時に、車の前に珍走団登場。
うちのオヤジよっぽど気分が悪いのか、後ろにぴったりつけて、
クラクション鳴らしまくり。酔ってるせいもあり、
「こんなやつらには、わからしたらなあかん」とか。意味不明なこと言いながら。
実におもろかった。今考えると危ないけど。

それから、家に帰るまで一言も喋らず、家に着いて、
2人でテレビを見ていると。(会話はずっとなし。)
すると、おかんがビールをもってきて、
飲みなおすことに。
さっきの喧嘩はどこに行ったの?って言うぐらい仲良く飲んだ。
一番印象に残ってる、親父と飲んだ話しです。

後一週間で一時帰国。オヤジと飲むが楽しみです。


23 :呑んべぇさん:02/04/04 05:28
二十歳になった時、母と買い物の帰り、駅裏の寂れた焼き鳥屋に入りました。
「二人でこうして飲むなんて初めてね〜」
母はほぼ下戸なので、レモンサワー。私はビール。大学進学の為東京で一人暮らしをしていた私には
そのショボイ焼き鳥屋はあまりに小汚く、貧乏臭い店に見えました。
何を話したかはあまり覚えていません。東京の話や、大学の話なんかつれづれに語って、
私は杯を煽り、母はただニコニコしていました。
後日家族団欒の折、何かの拍子で「私達もいい店見つけたよねー。また行こうね」と
母がはしゃいで私に言いました。
私はあんな小汚い店、と内心思いましたが、笑って同意しました。
その半年後に母が骨癌で倒れました。
ずっと前から知らされていたのですが、それまでの母があまりに元気だったので、
「このままずっと母はいる」と無条件に信じていたんでしょうね。衝撃でした。
私は単位的にも卒業は危ぶまれていたので、そのまま休学届を出して、
(妹と交代で)24時間体勢で病院に泊まり込み、母を看病しました。
モルヒネで意識がすっかり飛んでしまった母は、天井に向かって「田中さん、どこ行くの?」
といった幻影を見るようになりました。そのうち、そばについている私のことが
わからずに、「うちの娘ね、いい娘なのよ」と私の自慢をはじめました。
涙が出ました。
父には愛人がおり、妹はプチ家出の繰り返し。食道楽の父のおかげで、外食というと
高級とされている店にしか行かなかった母が、あんな小汚くてマズイ焼き鳥屋に
「また行こうね」と言った意味。
お母さん、今になって思うよ。もう一度行きたいよ、あの焼き鳥屋。
来年母の7回忌です。

長文&駄文スマソ。

24 : ◆999getQo :02/04/04 06:11



 な み だ は こ こ ろ の じ ゅ ん か つ え き


酒と家族の話ならなんでもおっけ〜じゃない?酒も人生も悲喜こもごも。

25 :呑んべぇさん:02/04/04 23:31
>>23にマジ感動age

26 :呑んべぇさん:02/04/04 23:49
23に泣いたぞ。
飲もうぜ。

27 :呑んべぇさん:02/04/04 23:56
>>23!!!
大人を泣かせんな。
いますぐいっしょに飲みたい。

いますぐ。

28 :呑んべぇさん:02/04/05 00:05
>>24
激しく同意。
楽しい時は笑顔を映した酒を呑み、悲しい時は涙を酒と共に呑む。

そんな話でいいじゃないか。

29 :呑んべぇさん:02/04/05 00:48
>>23
涙でディスプレイが見えないよ・・・・

30 :呑んべぇさん:02/04/05 01:41
>>23
マジで泣きかけた・・・。頑張ってこらえた。

31 :呑んべぇさん:02/04/05 20:39
>>23
ぼろ泣き。
涙を忘れた時、読み返したい。

あなたのお母さんに、静かに献杯。

32 :呑んべぇさん:02/04/05 21:02
未だに親父に酒量で勝てん
この間父親と飲んだが、ペースあわせて飲んだら一時間で一人でバーボン
あけちまった。もちろん次の日二日酔いでグダグダだったがそんな漏れに対し
「あれくらいで二日酔いか、酒弱いなー」一瞬マジで尊敬した。


33 :呑んべぇさん:02/04/05 23:13
前スレは必ず読もう。涙なくして読めないよ
このスレが日本中の何組の親子を救ったことか・・・

34 :呑んべぇさん:02/04/08 14:11
俺、まだ未成年だけど時々、父親の晩酌の相手をしてる。兄貴二人がもう成人して一緒に酒が飲める年齢になって、
俺もちょっと早いけど酒が飲めるようになってる。
兄弟三人。全員をここまで立派に養った親父に乾杯。

35 :酒飲みOL:02/04/08 16:28
私が20才になる誕生日の5日前に付き合っていた彼とお別れした。
3日間ほど友達とやけ酒で飲み歩いてた。残念ながら誕生日当日は
彼と一緒に・・・と思って空けていたからもちろん予定はなし。
そしたらどこにも行かない私を見かねた両親が「ご飯でも食べに
行こうか」と誘ってくれた。
最初はワインで乾杯。グラスを空けると「次はビールでも飲むか?」
と言われ、1杯目を飲み干すと「次はいいんか?飲むか?」と。(苦笑)
なんだかとっても気を使ってくれて、それがものすごく暖かくて、
とっても嬉しかった。言葉には出さなかったけど、本当に「ありがとう」
って思った誕生日でした。

>23
きっとお母さんはあなたと一緒に楽しく過ごせた事が嬉しかったんで
しょうね。(貰い泣)




36 :呑んべぇさん:02/04/09 22:00
うちは親とは絶縁状態
兄弟仲はとてもいい(つっても年中つるんでる訳じゃないが)
最近弟に娘が生まれて、妹はその姪っ子を溺愛している
つくづく、兄弟みな幸せなまま姪っ子が大きくなって
酒を酌み交わせるようになれたらいいなと思う
親より上の世代はカネカネカネで憎み合ってて
全員にガソリンぶっ掛けて焼き殺してやりたいくらいだから
余計にそんな思いが強くなる

37 :23です。:02/04/11 03:32
一人で部屋でお酒を飲んでいる時にしかネットはやらないので、遅レスすみません。

みなさんありがとう。
母には癌の事は最後まで告知しませんでした。母は、その十三年前にも乳癌をやっており、
うっすらと「再発」ではないかと悟っていたようですが、医者・家族一体となって
「絶対に違う。すぐに治る」と言い張ったので、ずっと母も「早く帰りたい」と笑ってみせ、
癌ではないと信じようと懸命でした。
やがて母は自力での排泄が困難になり、尿道管を通して
尿パックをぶら下げて車椅子に乗るようになったのですが、いつもエレベーターで屋上へ
散歩に行く時、ひざ掛けで尿パックを隠していたことを思い出します。
「恥ずかしい」と母は言い、
私は、病院にいる限りそんなことは恥じることじゃないと返しました。
母はあくまでも「女」の部分を捨てたくなかったんでしょうね。
母の意識がまだ鮮明な頃、消灯後の個室で、
「私のせいで友達とも遊べなくてごめんね。飲みに行ったりしていないんでしょう?
今度、ここにビール持ってきてもいいよ」と
母が秘密めかして言ったことを思い出します。
私は、それは不謹慎だと断ったのですが・・・あの時、飲んでもよかったのかもしれない。
あの言葉は、大学も休学し、日がな一日病院で母の世話をする私に、
ひと時の休息をくれようとした、母の思いやりだったのかもしれない。
今一人で飲みながら、そんなことを思い出します。
みなさん、本当に温かい言葉ありがとうございました。

38 :酒呑み貧乏学生:02/04/11 04:43
>23
酒のみに悪い人はいませんねー。

自分は今一人暮らしをしているのですが、暇を見つけて地元へ帰って両親(酒のみ)
と一緒に酒を飲みたい気持ちになりました。自分の場合、両親と飲めるということ
だけで、少なからず幸せなんだなと心に染みました。そういう時を大切にすべきだ
と、酔いながらも、涙しながらも、考える機会を与えられてよっかったです。僕の
中では23さんのカキコは無駄にしません。エーン(涙。

39 :呑んべぇさん:02/04/12 03:58
よし、GWに帰って呑むぞ

40 :呑んべぇさん:02/04/14 02:17
前スレに影響されて昨日親父と飲みに行ってきた。
いや、ほんと良かったよ。
いつも家では親父とはほとんど喋る事は無いんだけど、
昨日は酒の力を借りて,言いたい事全部言って来たよ。
自分の夢の事やどれだけ自分が親に感謝してるかとか。
凄く本音を言えた。
親父も色々言ってくれた。
今まで仕事を辞めようと思ったことが何度かあるって言ってた。
もちろん俺はそんなこと全然知らなかったんだけどね。

俺の希望で、親父のいつも逝ってる店に連れていって貰ったんだけど、
面白かったよ。
客はおっさんばかりだったけど、
ちょっと親父の世界を見れた気がして嬉しかった。

「飲みにいこう」って誘う時はちょっと躊躇したけど。
なんか恥ずかしかったしね。
だけど、ほんと逝ったほうがいいよ。このスレ見てる人。


あ、おもんない文章でスマソ。

41 :呑んべぇさん:02/04/14 19:27
浪人二年目が決定した日のこと。
帰ってきた親父に顔が合わせられなかった。
普段から親父には勉強しろ勉強しろと言われていたのに、「大丈夫だ」と言いながら勉強してなかった。
今考えればちっちゃいプライドにこだわり続けていたのかもしれない。
たいした挫折もなく希望どおりの人生を歩んでいた俺は「やれば出来る」と完全に錯覚していたのだろう。
やれば出来ると自分に言い訳をしながらただただ無意味に時間を浪費していた。
その結果が二年目の浪人決定である。
本当に親父にあわせる顔がなかったから部屋でじっとしてた。
そうしたら親父に呼ばれた。
親父はいつものテレビの前の席に座りながら酒の用意をしていた。
自分のグラスにシーバスリーガルを注いで、俺のグラスにも同じものを注ぐ。
それから数分の沈黙。親父が口を開いた。
「これで分かったろ。この現状がお前の実力だ。それが分かったら明日からまたやり直したらいい。
 二年ぐらいたいしたハンデじゃない。とにかく、来年目指して、頑張れ。」
その言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜けて、その後自然に涙が流れてきた。
一度泣いちゃったらもう涙が止まらなくて、結局その酒も飲まずにずっと泣いていた。
人生で始めての号泣だった。

それから三年。とりあえず名の知れた大学に行くことが出来た俺は地元を出て東京に出て一人暮らしをしている。
この前出張で東京に出てきた親父と初めて外に飲みにいった。
親父は本当に良く話を聞いてくれた。
あの時は泣くだけしか出来ない子供だったけど、こっちに来ていい教授に出会ってそれなりに自分の分野のことだけなら話せるようになった。
こっちに来て、いろんな人に出会えて、本当に良かったよ。
俺はあの時もう大学行くの止めようと思ってたんだよ。働こうと思ってたんだよ。もう迷惑かけたくなかったから。
でもあの一言で俺はもう一年頑張ろうと思えたんだよ。
あそこで止めてたら、親父とこんな話も出来なかったんだよ。
こっちで出会えたいろんな人のおかげで、今の俺がある。
そのきっかけをくれた親父、本当にありがとう。
卒業までもう少し親父には迷惑かけるけど、それまではお願いします。
就職したらまた飲もうよ。今度は俺のおごりで。
最後に、本当にありがとう。父さん。


42 :名無し酸:02/04/14 20:51
一人暮らしを始めました。

一人でゆっくり飲んでて、家族のありがたみがしみじみと
わかりました。

家から遠く離れてるけど俺は元気です。
これからの3年間学業を忘れず初志貫徹します!



43 :名無しの呑んべぇ:02/04/14 23:03
 ここってグゥッとくる話がいっぱい有りますね、今シラフぢゃなきゃ泣いてた
な(W。皆さんに質問なんですがうちのヲヤヂこれまでも結構晩酌付き合ってるの
に、事あるごとに俺を地元の繁華街へ行こうと誘うんですよ。ヲヤヂにしてみれ
ば「おまえとの晩酌は毎回自宅ばっかりで、たまには外に出て二人で呑んでみた
いぞ。」と言うことなんでしょうが、やっぱり逝ってやるべきですかねぇ??

44 :呑んべぇさん:02/04/15 00:08
>>43
行くべき。家で飲むのと外で飲むのとじゃ、ちょっと違う。
親父さんは、「外で息子と飲んでる」って絵にも憧れてるんでない?

45 :呑んべぇさん:02/04/15 03:44
>>41
俺も勉強するよ・・

46 :呑んべぇさん:02/04/15 04:07
>>43
まぁ、いっぺん行ってみ。
家で呑むのもいいけど、外で呑むのはまた雰囲気が違う。
後な、そういう場合は、自分が知ってる良い店を子供にも教えて、で、例えば
母親とか抜きに男同士で語りたい時とかに一緒に行ける場所にしたい、とか
思ってたりするもんなのだわ。
そういう「男の隠れ家」みたいなのを教えてあげようっていうことなのかも
しれんのだから、漏れなら喜んでついていっちゃうな(w
ある意味「親父が自分をいっちょまえのオトナの男と認めている」ことだと思うしな。

47 :名無しの呑んべぇ:02/04/15 22:56
>>44>>46
 う。今年の7月で漏れも三十路なので、久々にヲヤヂに呑み屋に連れていって
もらうよ。ぢつわ約10年前に漏れが成人した頃、一緒に行ったことあるんだよ
ね。でもその頃は酒の味なんてこれっぽっちもわかんなくて面白くもクソもなか
ったんだけど、今は二人で楽しく呑めると思うし。でもお袋曰く「只でさえ金遣
いの荒い男なのにこれ以上酷くなったらどうすんのさ!!」・・・・・・なんて
言ってた(爆)。

48 :呑んべぇさん:02/04/18 20:48
>>23・・・泣いた・・
お母さん、可愛らしくて素敵な女性だったんだろうなあ。

これは全然泣けない話なんだけど&長文失礼。

大学3年の時、大学の教授と揉めた勢いで退学届けを出しちゃった。
学費を出してくれた両親に何も伝えないまま、退学が決まり、
その足で田舎に報告に行った。
親父は、東京から突然家に戻って来た娘に何かを悟ったのか、
まるで昨日も同じ食卓にいたように夕飯を食べた後、黙ってビールを注いでくれた。
「大学辞めて来た。小さいとこやけど、就職先はもう決まっとる。
そこで4年間仕事してから、会社やる。」親父は短気で気の荒いオッサン。
心臓バクバクしながら思いきって言ったとたん、親父が笑い出した。
「ほうか、お前はそんな奴や。好きにやっていったらええ。今日は飲め。」
ホッとするのとビックリとで、ビールと焼酎をしこたま飲んだ。
い〜い感じでベロベロになった親父が突然一席ぶちはじめた。
「あんなあ、ホチキスあるやん? あれでな、書類まとめとけ、て言うやろ?
あれ、もうずっとホチキスで書類とめるだけでええわ、と思とる奴と、
もっと上に行こう、なんかやったろう、と思とる奴で、とめ方が違うんやで。
ホチキスで書類とめるだけの事で、そこで、もう差が出るんやで。」
それだけ言うと、お袋に寝床まで引きずられていった。
オチは?とつっこみたかったが、言いたい事はわかった。
間もなく、大学を卒業する事ができなかった娘が就職すると言う。
最初は思ったような仕事もやれないだろう。でもそこで腐るな。
目標があるんなら頑張れ。そう言ってくれたんだと思って泣いた。
それからもう12年もたつ。ホチキスの話は覚えてないだろう。
でも今、親父とお袋が、私の会社のぐーたら社員でいられるのは、
あの時の、酔っ払いのヨタ話のおかげかも。
恥ずかしいから言わないけど。


49 :呑んべぇさん:02/04/19 20:42
>>48に感動age


50 :呑んべぇさん:02/04/19 21:43
いいスレですね〜。

私の父は肝臓癌で他界したためもう盃を交わすことはできません。
一緒に飲んだことなんてほとんど無かったから
ここ読んでたら無性に泣けた。もっと父と飲みたかったなぁ、と。
このスレの方々には父さんも肝臓も大事にして頂きたいわ。


51 :呑んべぇさん:02/04/20 04:37
>>48
イイ話だよ・・。

52 :呑んべぇさん:02/04/20 16:30
いいスレだね。泣けてきました。

私もここ数年は親とよく飲みむようになった。
大学を卒業して一人暮らしをはじめたんだけど、
一人娘の私が家を出たとたん、
父は仕事でほとんど家にいないし、私もいないしで寂しかったのか
母親がよく飲みに行くようになってしまった。
そんなとき、父親の会社が倒産。
父と母の間にすれ違いが大きくなってしまい、
あっけなく別居、離婚してしまった。
私が家にいるときは、手をつないで買い物に行っていたような夫婦だったのでショックだった。

私はなんだか責任を感じて、今まではあまり話をしなかったし
したいとも思わなかった父親とよく連絡を取るようになった。
(母親とはもともと仲が良かったからよく連絡取ってたけど)
実家は売り払われたから、会うときは大抵父親の行きつけのお店。
あるとき、そこの飲み屋で父親の会社の人と会った。
すると父はその人に向かって
「うちの娘なんです、昔から娘と二人で飲むのが夢だったんですよ」
と、とても嬉しそうに言った。
なんだか、父親を今まで感じたことがないくらいとっても愛しく感じた。

離婚してしまったのはやっぱり寂しいし、今でも仲直りしてほしいなとは思うけど
こうやって父親と二人で飲めるようになったのはちょっと嬉しいです。
今は仕事の関係で、父親とも母親ともとっても遠いところに住んでるけど、
たまに帰ると(父、母は別々だけど…)絶対に一緒に飲みます。それが楽しみ。

53 :呑んべぇさん:02/04/21 23:48
親父とはあまり飲まないがお袋とは結構飲む。
俺もお袋も弱いから杏露酒か梅酒を少し飲むだけ。

酔ったお袋は新婚当時の話を結構する。
当時よく行った焼き鳥屋の話とか、 5合分の飯を炊いてオニギリワショーイした話とか。
他にも昔飼ってたインコの話とかもする。
そんなお袋はとても嬉しそうだ。

そんなお袋とこないだ飲みながら
「何か面白いことないかねぇ〜」
と俺が言ったら
「「お前の顔とか」」
と思いっきりハモって大爆笑しました。

親父もお袋もいつまでも元気でいて欲しい。
まだまだ俺は支えててもらえないと・・・

54 :呑んべぇさん:02/04/23 16:03
五合の飯でオニギリワショーイ(*´∀`*)

55 :呑んべぇさん:02/04/23 17:51
age

56 :呑んべぇさん:02/04/23 21:15
なんか、自分の親と酒をかわすっていいね。
俺も一人暮らし初めて、4年。なんか両親に
「ありがとう」って言いたくなってきたよ。

ウチの親は酒のめへんから、一緒に乾杯は
ムリかもしれんけど、今度実家に帰ったら
飯でもおごってやりたいなぁ。
もちろん、俺はベロンベロンになるまで呑むが(w

関係ない話でスマソ、sage。

57 :呑んべぇさん:02/04/26 14:10
いい話きぼんぬage
・・・俺にはないんだよね、いい話(;´Д`)

58 :某1:02/04/26 19:01
うへえ、前スレ1000で感謝の意を…と思ってたらいつのまにやら…
え〜、スレ違い失礼。

 前スレで素晴らしいレスを入れてくれた皆さん、
 本当にありがとうございました。

 俺のオヤジはもう想い出になってるはずだったんだけど、
 皆さんのレス(全て欠かさず読んでます)を読むたびに
 なんとなくオヤジを思い出してしまい、
 「親孝行ロクにできなかったなあ」なんて考えながら杯を傾けておりました。

 「オヤジとサシで・・・」が終了してしまったのは寂しい限りですが、
 皆さんのレスが、落ち込んでいた俺にとって立ち直る為の栄養源となったことは忘れません。

 本当に有難うございました。


やっぱり、酒板っていいね。

59 :呑んべぇさん:02/04/26 19:38
( ゚ーÅ)ホロリ

60 :呑んべぇさん:02/04/26 19:56
家のおかんは飲むとすぐ泣く。そして必ず昔の話になる。
私がちっちゃかった頃の姑とのケンカで実家に帰ったことや
自分の母親(私の祖母)が早くに死んでしまって恋しいみたいな
ことを必ず言っては、泣く。
親孝行してやんなきゃいけないなーといつも思うよ。

61 :5:02/04/26 19:58
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62 :全スレ1000:02/04/26 22:18
>1
ごめんなさい。m(_ _)m
一瞬、>1の事が頭をよぎったんだけど(締めてもらえるといいかな、と)
1000getの誘惑に勝てなかったんだよぅ。

スレとまったく関係ないのでsage


63 :呑んべぇさん:02/04/27 01:08
>>58
あなたのおかげで、どれほどの人が親との関係を改善したことか
私自身、親とお酒を飲むのがほんとに楽しみになりました

親にとっては、「子供が生まれてくれたこと」が
一番の親孝行だともいうし、あなたが思っているよりも
親孝行していたかもしれませんよ

64 :呑んべぇさん:02/04/29 18:25
前スレがhtml化されるまでのツナギとしてアップしておきます。
素晴らしいスレの発端となった >58 に感謝。
http://203.138.136.203/arc/sake_977201195.html

65 :前スレ934:02/04/29 22:57
多分、前半の連休中に前スレは終了しているだろうなーとは思っていました。
934、とのハンドルにしてありますが、200番台の最初の方に書き込んでいました。
それが去年の夏なのでスレの伸びに驚いております。

残された母は高血圧気味でお酒は一緒に飲めないかも知れないですが、
甘酒くらいならつき合ってくれるかなー。

>>63
そうですね。どれほどたくさん親孝行していたとしても
多分、足りないんだと思う。
逆に子供は親孝行していないと思っても親は感謝しているかも知れないね。
某1さん、もしよければこちらでもまたよろしくお願いいたします。


66 :呑んべぇさん:02/05/02 01:35
hozen age

67 :呑んべぇさん:02/05/04 11:39
もしも、もう一度あなたに会えるなら

たった一言 伝えたい

「ありがとう」


68 :モナ〜大好き@喪拿〜 ◆NYKdyYyw :02/05/05 22:35
>>23

ぅぅ・・・(涙)

69 :呑んべぇさん:02/05/08 00:43
めったに逢わない兄貴が珍しく「飲みにこいよ」と。
なんだよ突然、と思って行ってみたら
「俺、離婚したんだよ」と。

ふだん強がる兄貴がその時は弱かった。
まあ、兄貴の気が紛れるならいつでも付き合うよ。

70 :呑んべぇさん:02/05/08 00:45
>69
兄弟だからこそですよね。

71 :69:02/05/08 00:51
>>70
いや、普段仲が良くないんですよ。
だからめったに逢わないの。
だからこそ、こんな時にいきなり呼ばれると
こいつ、かなり参ってるな、と思って
元気付けてやろっかな、なんて。

ちなみに兄貴はヘベレケになってやがった(w

いや、ホントは笑えなかった。

72 :70:02/05/08 01:04
>71
お兄さんはあなたにしか本音を言えなかったんですよ。
仲が良くないのはお互いの生き方、意見の違いだけで
やはり兄弟は何かしら(うまく言えないけど)繋がってると思います。


73 :69:02/05/08 01:11
>>72
なんだか兄弟でそんなの、ほんとはくすぐってー。

俺は兄貴を元気付けられたと思ってるけど、
思わぬ所で>>70=72氏に元気付けられてしまった(w

74 :前スレ969:02/05/12 22:19
GWに帰省したんだけど、その日三時ころ家に着いた。
親父がビール冷やしといてくれて一緒に飲みながら将来の話をした。
就職か進学か、まだ迷ってるんだけど一人で考えてるよりはいろいろまとまったよ。
すねをかじりまくってて迷惑かけてるなぁ、ありがとう。


75 :呑んべぇさん:02/05/12 23:31
俺、海外に住んでるんだけど、今日母の日だったので電話しました。
御袋と一通りの話しをしてたら、(御父さんが横にいるから変わるねと)
御袋に言われて、代わってもらいました。
オヤジの第一声は、どうだ、元気にしてるか?でした
前スレを読んだ事もあり、凄く懐かしく泪が出そうになりました・・
色々な話しをしました。最後に、
(オヤジ、俺やっぱ地元に帰るよって)言ったら
オヤジちょっと涙声で、そうか帰ってくるかと言ってくれました。
帰ったら、親父と力一杯飲みたいと思います。
地元帰って就職あるかなぁ〜とか悩みもしますが、
やっぱ、地元好きなんで帰ります。
最後に、前スレの方や、このスレの方素晴らしい話しを、
ありがとうございます。
駄文で、すんません


76 :呑んべぇさん:02/05/14 22:41
gwで帰省時、親父とお袋と三人で、居酒屋で呑む。楽しかった。
その日が親父の誕生日であるのと、ちょっと早いが母の日のプレゼント
を兼ねて、二人にカーネーションの苗をプレゼントした。顔をくしゃくしゃ
にして喜んでくれた。

今日お袋がそのお返しにと、自分で、楽器で演奏した童謡が入ったテープを
送って来てくれた(お袋の声も入っていた)。
お袋の愛情を思うと、涙無しには聞けなかった。
 
早く就職を決めて、家族で海外旅行に行きたい。家を建て、立派に家族を支えた
親父と、惜しみない愛を注いでくれ育ててくれたお袋に報いるためにも、
早く一人前になって、安心させてやりたい。がんばれ、俺。負けるんじゃねえぞ。

77 :呑んべぇさん:02/05/15 05:01
おい>>1 よ 聞いてくれ
昨日、母の葬式に出たんです。享年54歳。
そしたらなんか自分、涙が一滴もこぼれないんです。
で、よく見たら会ったこともないような親戚のおばさんですら泣いているんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
俺な、親の死を目の前にして放心してんじゃねーよ、ボケが。
目の前に人が死んでるんだよ、母親が。
なんか親子連れとかもいるし。一家4人で葬式か。ほんとありがとう。
パパは息子さんに挨拶してくるから車で待ってなさい、とか言ってるの。いい親父だな。
俺な、親が死んでんだからもっと泣けと。
葬式ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。
死に化粧をみた瞬間いつ涙があふれてきてもおかしくない、
泣くか叫ぶか、そんな雰囲気が普通なんじゃねーか。オレ、なんなんだよ。
で、やっと葬式が終わったかと思ったら、なんか次々と母のことが思い出されるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、今さら思い出したところで意味ねーんだよ。ボケが。
得意げな顔して何が、今度の休みには帰るよ、だ。
俺は本当に休みに帰るつもりだったのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
俺、適当に親との距離をとりたかっただけちゃうんかと。
親不孝者の俺から言わせてもらえば今、若者の間での最新流行はやっぱり、
反抗期、これだね。
親ってのはいつまでも生きているもんだと思っている。これがガキの考え方。
親の期待をかなえたつもりで一人暮らし。そん代わりコミュニケーション少なくなる。これ。
で、「少しだけ仕送りいれといたから」 「ああ、無理すんなよ」。これ最期の会話。
今になって後悔ばかりが思い出される、諸刃の剣
まあお前ら若いもんは、ほんの少しでもいいから親孝行しなさいってこった。

78 :呑んべぇさん:02/05/15 12:49
>77
まったく同じような経験があります。
私の場合は父の日にあげた贈り物のお礼の電話だったんだけど
「眠いから切るね」なんて。それが最後。
照れずに受け答えすりゃよかったよ。まったく。

もうすぐ命日なので、仏壇の前で飲もうと思ってます。

79 :呑んべぇさん:02/05/15 14:56
最後の電話って、そんなもんだよね。

80 :呑んべぇさん:02/05/15 21:34
みんなと一緒に呑みたいよ

黙ったままでもいいからさ
呑みたいよ

81 :あげてみる:02/05/15 22:01
なんかいいスレになってきたぞ

82 :呑んべぇさん:02/05/15 22:48
>77
ちょっと前にへべれけな人〜〜のスレにもあったけど
やっぱりこっちのスレの方が合ってるね

83 :呑んべぇさん:02/05/16 05:33
>>77
泣けたよ・・。
>あのな、今さら思い出したところで意味ねーんだよ。ボケが。
すげぇ、イイ!

84 :呑んべぇさん:02/05/16 09:45
>>79-83
コピペ…にマジレス…

吉牛 Part9【小1時間】
http://ton.2ch.net/test/read.cgi/gline/1014049827/155/

85 :呑んべぇさん:02/05/16 21:25
>>84
コピペとわかっててレスしました。普段は吉野家は無視ですがいいものはいいと思いますし。

86 :78:02/05/17 01:39
吉野家くらい知ってます。

先日のGW、自分の彼氏を連れて母親と3人で飲みに行きました。
あんな嬉しそうな母親見たことなかったです。
(酒入ってたか、どうか、にしても)

当然過去にも目を向けますが、生きている人間には今があります。
これからもこういう席があればいいな、と思っています。
part1では辛い事しか書き込みませんでしたが、
基本的には楽しいお酒が好きなので、今回も書かせてもらいました。
お酒がないと母親の前でも素直になれない自分。。。。
もうちょっと成長します。

87 :呑んべぇさん:02/05/17 14:12
くだらない話でごめんなさい。ちょっと思い出したもので・・・。
私、一年半前に、今の主人と同棲するために上京しました。
一年前に晴れて入籍。母の心配もよそに、式もまだ挙げてません。
主人の実家が近い事もあり、慣れない生活と心労の所為か
気がついたら身体を壊してました。
 とくに気に留めてもいなかったのに、母に先月電話で洩らしてしまって。
ポツリと、「戻っておいで」そういわれました。
現在、母の元で身体を治すべく病院に通ってます。
 実家に戻った晩、母と、妹で晩酌をしました。
私が幼い時に離婚して以来、一人で姉妹を養ってくれた母が、
「辛かっただろう?」そう聞いてきました。
母の苦労を慮れば大した苦労でもないのに、それまで実家を離れて溜め込んでいた
なにかが溢れてきて、涙を止めることが出来ませんでした。
 そういえば、実家を出て以来、お酒を飲むのも忘れてました。
今、私達の為だけに頑張ってきた母の背中を見ながら
この人の子供で良かったなと心から思っています。
今度は私が母に恩を返す番なんですよね(苦笑)
もっとオトナになりますです。

88 :呑んべぇさん:02/05/20 03:02
俺の両親は3歳の時に離婚した。
親父の暴力が原因だった。
親父の顔は覚えてないけど殴られた事だけは覚えてた。
母は親父の話をするといつも嫌な顔をした。

そんな母が。俺の二十歳の誕生日に親父の連絡先を教えてくれた。
「会うかどうかはお前に任せる」 そう言って。

まぁ電話して会う事になって、17年ぶりに親父の顔を見た。
俺はバカだから、何を話していいかわからなくてブン殴ってしまった。
自分が何て叫んでたかはちゃんと覚えてないけれども、
周囲の人間の目を気にしないで、自分で殴り飛ばした親父の胸で泣いていた。
延々と泣いてる俺の肩を掴んで、親父は一言「お前はもっと痛かったんだよな」って。
そう言って俺が殴った頬をさすりながら真剣な顔で俺を見ていた。
それでまた泣いた。


落ち付いた後、親父と酒を飲んだ。どうってことない普通の居酒屋でだ。
今何をしてるか。母が元気かどうか。再婚した親父の家庭は上手く行ってるのか。
そんな話をしながらずっと飲んでた。

帰り際に「母さんに渡しといてくれ」と言って俺に封筒を渡した。
帰って母に渡したが、俺はしばらくそれが何か知らなかった。


俺も今は27で、社会に出て、結婚もして。そこそこの生活はしていると思う。
最近、親父が死んだと聞いて、その時は悲しいけれど不思議と涙は出なかった。
あの時さんざん泣いたせいなのかなー、とかドライに考えてた。

が。

母にあの時の封筒の中身が何だったのかその時聞いた。
俺名義の口座の通帳だったらしい。
一緒に酒を飲んだ時、親父は「今の家庭は上手く行ってるよ」なんて言ってたが、
母に聞いたところ、再婚はせずにずっと一人で暮らしていたらしい。
毎月、給料からその口座に一定額入金していたらしく、通帳には綺麗に同じ金額が並んでた。
(後で記帳したら、親父が死ぬギリギリの月まで、毎月毎月入金されていた)

その話を聞いて、はじめて泣いた。
葬式では、その時よりも親父を殴ったときよりも、もっともっと泣いていた。


親父が再婚したなんて嘘をついていた理由はわからないままだったけど。
ありがとう。そう素直に思った。

息子の名前は親父から一文字、嫁さんから一文字もらって「優吾」にした。
親父みたいに暴力は振るわないつもりだけど、俺が親父に感謝したように、
俺も息子に感謝されるような育て方をしたいと思う。ありがとう親父。

89 :88:02/05/20 03:05
すまん。長過ぎた上に文章が全然まとまってない。

90 :呑んべぇさん:02/05/20 03:26
泣けるだ… 



91 :呑んべぇさん:02/05/20 20:50
また泣いちまった・・・

92 :呑んべぇさん:02/05/21 03:32
>>87-88
泣いたよ。

93 :呑んべぇさん:02/05/21 11:55
親ってありがたいね。泣きながらageます。

94 :呑んべぇさん:02/05/21 12:17
なんで♀のレスは自己中なんだろうねえ。

95 :呑んべぇさん:02/05/22 00:56
別にさ、泣けるような事も感動モノの出来事も何も無いんだけどさ、
リア厨の頃から両親の晩酌それぞれに付き合わされてきて早10年
経った訳だが、いいもんだよね。
スマートな酔い方はオフクロに、
キザだけど嫌味じゃない呑み方はオヤジに。
教わったことは余さず消化してるよ。


96 :呑んべぇさん:02/05/23 00:48
沈んでしまっているのでageます。お目汚しスマソ

97 :呑んべぇさん:02/05/27 03:19
たまにゃ従姉妹と、2人ともお酒があまり飲めないので
マルチビタビーノを嘗め嘗めお互いの亡父の思い出を
語りました。来年13回忌の従姉妹はもう完全に思い出。
こちらは納骨すらまだ、の新しい仏さん。

13回忌にはお父さんの墓前に2人揃って
結婚の報告が出来るといいね。

98 :97:02/05/27 03:33
すみません、睡魔と闘いながら書き込んだので
今焦っています(汗汗

従姉妹は今、近い将来結婚しそうな彼氏がいて、その人と
2人揃って結婚の報告を・・・ということです。
あの文章ではあらぬ誤解を受けそうですね!
ちなみに私は女です。

99 : ◆KPaQ9Sfw :02/05/29 02:53
大学はいって初めて一人暮らしをはじめて二年目
親父はまだまだ現役バリバリで働いています
でも、こんな親父も数年で還暦、帰省したときのみにつれてってくれます

親父が俺と同じくらいのときの話を聞かせて爆笑させてくれる
 友達と注射器の消毒機でどぶろく作ったこと
 免許もらったのがうれしくて調子に乗ったら、車ごとがけから落ちたこと(奇跡的に助かった)
 答案用紙で教授をわらかして、留年を免れたこと……

親父また話を聞かせてくれよな
こないだは誘いを断って悪かった
初任給でおごらせてくれ

駄文スマソ

100 ::02/05/29 21:51
>>99
今、二年生?三年生?
六年生まであるんだから頑張ってね。


101 :VVVF:02/05/30 23:18
大学を中退して、やっと入れた会社で煙たがられ
住居も仕事も二ヶ月ごとに変えられ、
挙句の果てに落伍者の烙印押されて、親友との関係すら捨てたくなるほど
心身ともにズダボロになって、十何年かぶりに実家へ帰って来た
・・・というか逃げてきた日。

親父は何も言わず、何も聞かずに
夕食の席で、俺の分の盃を差し出し、酒を注いでくれた。
ふと顔をあげると、すっかり白髪が目立つようになった親父がいた。
・・・チビリチビリ飲るふりをして、泣いた。

乱筆乱文スマソ

102 :呑んべぇさん:02/06/03 15:38
実家が共働きの居酒屋で、リア厨の頃、週末は小遣い稼ぎを兼ねて仕事を手伝っていた。
母親が急病で入院したときなどは、母親の代わりに連日鍋を振ったりもした。

その日も常連客に何杯か付き合いながら仕事を手伝ってると、以前から好きになれない客が来た。
閉店時間間際に遊び友達を連れてやってきては、明け方まで居座ったり、
注文取りで、御品書きにないものをしつこく注文してきたり。
良くは知らないけど、この辺りでは有名なシサンカの家に住んでるらしく、
子供ながらにその客の我侭振りが見て取れた。

この客の従業員弄りをかわしつつも、そろそろ勘定かな、と言う頃、この客に煮込みを注文された。

煮込みは親父の自慢の料理だった。
以前仕込みのときに、普段自分の事を語らない親父が珍しく、
「これは俺の自信作だ。これ一つでも店を引っ張ってく自信があるぞ」
みたいな事を言っていたのを覚えている。

料理を持っていくと、その客に持ち帰り用のケースを持ってくるよう頼まれた。
持ち帰って食べるのかと思ったら、ケースに残りの飯を入れ、
その上にさっきの煮込みをぶちまけ、「ここの料理は飼い犬にも評判いいぞ」

・・・・・・・・・。
アルコールと別の何かで、体がカッと熱くなるのを感じた。

103 :呑んべぇさん:02/06/03 15:39
客商売で、客に手を上げることがどんな事か、自分なりに知っていたつもりだった。
しかしその時の憤りは、たかが中坊のちっぽけな自制心を凌駕するに余りあるものだった。
気付くと、当時知っている限り最悪の罵声を浴びせながら、その男に殴りかかっていた。
でも所詮は子供の力で、程なく別の客に押さえ付けられ、駆けつけた親父に俺がボコボコにされた。
結局その日は母親に手をひかれ、店を後にした。
風呂にも入らず部屋に横になって、ひとしきり冷静になると、
自分のした事の愚かさに苛まれたり、いろいろな事に対して悔しくて、ボロボロ涙が出た。

仕事の性質上親父は夜の人間なので、俺が目を覚ます頃にはまだ眠っており、
結局何も話すことなく翌日から日常の生活へと戻っていった。

翌週の休日、親父の誘いで仕入れに付き合った後、
普段行かない焼き鳥屋へ連れて行かれた。まだ中学生なのにね。
親父が注文したうすーいサワーを飲みながら、でも顔を真っ赤にしながら親父の小言を聞いた。
先週の事については何も言ってこない。

つまみも尽きた頃、顔をそむけたまま、堪えられず自分から切り出した。
「お父さん、この間はさ・・・」
言葉に詰まっていると、父のでかい手がぼん、と頭に乗った。
そのままぐりぐりと頭を撫でているのがわかる。
顔を向けると、仕事以外では久しぶりに見る親父の笑顔があった。ほんの一瞬だったけど。
そのまま何も話らしい話もせず、店を出た。
帰り道、煮込みの作り方を何となく聞いたけど、企業秘密とかで教えて貰えなかった。
親父のシケギャグも久し振りにきいた。

いいお客さんにも恵まれ、今でも親父は板場に立っている。

お父さん、いい年して心配かけてばかりでごめん。
今度の検定通ったら、今度は俺がいい店紹介するよ。

104 :呑んべぇさん:02/06/03 23:05
父が、先週胃癌の手術を受けた。胃の3分の2を切除した。
このスレと前スレを読んで、今度帰省するときにはあれとあれを持って・・と
楽しみにしていた矢先のこと。

幸いにも癌はそんなに進んでいなかったらしい。
話すことなんて思いつかないけど、早く良くなって一緒に飲んで欲しい。
父の手術にたった一人で立ち会ってくれた下戸の母親とも一緒に。。

105 :呑んべぇさん:02/06/05 21:05
みんなと一緒に呑みたいよ

黙ったままでもいいからさ
呑みたいよ

おねがいだよ

106 :呑んべぇさん:02/06/08 00:26
いいよ、一緒に飲もう。>105

107 :呑んべぇさん:02/06/09 02:10
>105元気だせ、酒があるじゃないかこの板には。
何が合ったか知らんが、酒飲んで腹いっぱい飯でも食え
そしたら、元気が出る。

108 :呑んべぇさん:02/06/14 18:44
あげておくか

109 :呑んべぇさん:02/06/14 21:39
父の日ということで、こっちの地酒を送っておいた。
ただ、着払いという罠(w

110 :島さん、二分の一:02/06/14 23:12
俺が16歳の時父はガンで死んだ、母は涙を流さなかった
そんな記憶が無くなろうとしていた、大学3年の時
久しぶりに実家に帰ったら家に仏壇も何もない
夜、母が家に帰ってきて一寸怒鳴りながら聞いたら
母がため息ながらにゆっくり答えた。
辛い、お父さんの写真見てると家に居るみたいでご飯も二人前作るし
突然泣き出した母、葬式でさえ泣かなかった母が泣いてる、俺も辛かった
母が一息ついて、二日後ハワイに行くんだけどアンタも来なさいと、
初めての海外ハワイだーと浮かれている俺、たっぷり楽しんで最後の日の夜
母が一寸付き合いなさいと、BARに寄った
母が酒を飲むのを生まれて初めて見たその時の会話

(母)二度目なの
(俺)何が?
(母)一度目はお父さんと来たの
(俺)結婚当時でしょう?
(母)そう、あの時子供が出来たらまたここに来ようとお父さんと話してたの
アンタが帰ってきた3日前位に思い出してアンタを連れてきたの。


111 :島さん、二分の一:02/06/14 23:20
母は俺に、お父さんよりカッコイイ男になれよと
なぜか俺は泣いてしまい、ありがとうと一言母に告げた
帰り道泣きながら自分に言い聞かせた
      俺はオヤジの息子だと


112 :GOLGO13:02/06/16 23:28
AGEて見るYO

113 :呑んべぇさん:02/06/21 11:51
さがってるね  あげようよ

今は学生の身だから、比較的自由が利く。
片親になった今、子どもが大切な話し相手になった、もう片方の親に会いに帰ろう。
父方も母方も照れ屋家系だから酒がないと交流できないんだYO!

114 :呑んべぇさん:02/06/21 21:19
漫画喫茶でたまたま発見して、前スレから読んだけど

涙と鼻水がでて困ってます。

115 :呑んべぇさん:02/06/24 01:00
hosshu

116 :呑んべぇさん:02/07/01 01:08
ほっしゅ

117 :呑んべぇさん:02/07/01 01:08
というか、このスレもうおとしちゃっていいかな?

118 :115=116=117:02/07/01 02:38
うちは親が2年前に離婚した。

この前、学校が休みで実家に帰った時に何気なく押入れ漁ってたら、昔のアルバムがでてきた。
そこには、俺が生まれる前の両親の姿。小さい頃の俺の姿、生まれたばかりの弟、
笑ってるみんなの姿。。。。

気が付いたら、泣いてた。
いつから、こんな風になっちゃったんだろ。
父と母が一緒に笑ってる姿を見たのはいつだったんだろ。。。
必死で自分の記憶をさかのぼった。
思い出せない。

でも、このスレを見て思ったのは、まだ手遅れじゃないということ。
今はそれぞれが絆をとり戻そうと,少しずつ努力し始めてる。
父と母の関係は無理かもしれないけど、子と父、兄と弟、母と子。。。
何とかなると思う。

保守はもう終わり。最後に一言
ありがとうヽ(´ー`)ノ 




119 :呑んべぇさん:02/07/03 02:22
亡父の好きだった店で
家族一緒に
飲めなくても良いから
また行こうね





120 :呑んべぇさん:02/07/05 21:01
そのうち父親の命日くるから、イヤでもこのスレあげちゃうよ
酒で借金作っても、表向きだけはよかった男だからね。

お前ら、家族と普通に飲める何気なさを幸せと思え。

121 :呑んべぇさん:02/07/09 00:43
半年前離婚してこないだ実家に帰った。
帰る場所があってよかった。

今度は弟が、家出してきた彼女と同棲するために実家を出て行く。
これからは他の家族と一緒に自分が、
「なんかあったら帰ってこいや」って言える場所がつくれたらいいな。
今までどおり、たまには一緒に呑もうよ。

122 :呑んべぇさん :02/07/10 03:17
俺が18の時親父が死んだ。葬式の時俺は涙を流さなかった。
親不孝にも忙しいことを理由に俺は入院中ほとんど見舞いに行かなかった。
自分のことで精一杯で親父のことをほとんど心配してなかった。
そんな俺が泣いていいわけないだろう?
母親と弟、そして親戚の人々などが悲しむ中で俺は平然としていたが、
心の中ではずっと自分を責めていた。葬式の後、誰もいない家の中で
俺は親父に誓った、弟(12歳)が一人前になるまで精神的な支えになろうと。
それが親父の一番の心残りであっただろうからだ。
それから弟には色々なことを教えてきた。反抗する時もあるが
それなりに成長してるようだ。
弟が20になったら一緒に酒を飲もうと思う。それが俺の最後の仕事だ。
その時には親父の写真も飾って一緒に飲みたい。
なあ親父、弟が一人前になった時、俺を許してくれるか?
許してくれなくてもいい、その時にはせめて涙をながしてもいいか?


123 :呑んべぇさん:02/07/12 00:24
>>122
流してヨシ!!!

親父じゃなくてスマソ・・・。ガンガレ。カコイイよあんた。

124 :呑んべぇさん:02/07/16 06:19
俺には両親はいない(2才のころ事故で亡くした)から、ここに書き込むのは間違いかもしれない。
でも、誰かの目に留まるように書き込んでおこうと思う。

先日、後輩の親父さんと飲むことになった。

きっかけは全くの成り行きで、白血病で息子である後輩を亡く
された親父さんが会社へ挨拶へみえられたからだ。
その後で後輩と仕事で一緒だった俺に「良ければばどうですか
?」とお誘いがあって飲みに行くことになった。

軽く食事をした後、静かなバーで飲むことになったが、正直、何
を話して良いのか迷っていた。
そんな時、親父さんは

「息子はどうでしたか?」

と訪ねられた。
俺は当たりさわりない内容で後輩と一緒にした仕事の話をした。
そんな話を続けていると親父さんは、時々、奥歯を噛みしめる
ようにして微笑っていた。
涙こそ見えなかったけど、きっと泣いていたんだと思う。

その後、親父さんはすっかり酔ってしまいタクシーで送ることに
した。
送り届けて玄関先でお袋さんがすっかり酔っ払った親父さんを
支えながら

「ありがとうございました」

と深々と頭を下げられた。

話はここまで。

なぁ、俺には今までの人生で実感が無いけど「愛」ってのは

信頼する、信頼される。
必要とされる、必要とされる。
許しを与える、許しを与えられる。

ってことじゃないのかな?

ただ、生まれてきただけで無償で「愛」してくれる両親が側に
いてくれたんなら大事にしてくれよな、みんな。

俺にもそんな両親が側にいてほしかったよ。


125 :呑んべぇさん:02/07/16 06:44
124だけど、

・必要とする、必要とされる。

だよな。
酔いすぎだ、俺。(苦藁

126 :呑んべぇさん:02/07/16 07:06
>>122
君が18歳のときにお父さんが亡くなられて、その時に決意したなら
弟さんが18歳になったときに話すべきだ。
法律の成人なんか糞喰らえだ。
人間には巣立つタイミングがある。

お父さんの命日に二人で呑め

127 :呑んべぇさん:02/07/16 07:14
>>9
超遅レス

私はよく恩師と呑んで奢らされてます。

128 :122:02/07/16 07:57
>123,126
ありがとう.



129 :呑んべぇさん:02/07/20 00:13
前スレから一気に読みました。

俺はまったく酒が呑めません。グラス半分のビールで脈拍が120/分
くらいになっちゃって、ダウンです。缶酎ハイ350mlで吐いたこともあった。
ただし、親父はかなり呑める。

俺は今年23歳で学生なんだけど、20歳過ぎて合法的に酒が呑めるように
なってから、酒に関してはどうも親父の系統じゃなく、母親系(呑めない)
らしいということが判明した。それ以来、親父の口癖が、

「ワシは別に自分の息子と酒を酌み交わしたいとは思わん」。

それならそれでいいかと思ってたけど、俺の妹が実家を離れて大学に
通いはじめ、盆だか正月だかで、部活に忙しい妹が久々に帰省したとき。
親父が晩酌はじめる前に妹にビールを薦めると、妹曰く「ビールは苦いから
ヤだ。チューハイがいい」と。すると親父はすぐさまクルマのキーをとり、
酒屋が閉店してる時間だったので、酒を販売してるコンビニまで行って
缶チューハイを大量に買ってきた。

(つづく)

130 :呑んべぇさん:02/07/20 00:14
(つづき)

そんな話を後日、母親から聞いたとき、信じられなかった。
親父は無口で無愛想で短気で、子供の教育は母親に任せっぱなしで、
愛人もちらほらいて、およそ家庭的とは言えない人物という印象だったから。

そんな親父が妹のパシリだなんて。しかも積極的に行動してるし。

その後は妹が帰省する度に、事前に缶チューハイが準備されてるという。
俺は親父の口癖をさもありなんと考えてた。それは親父の父はアル中で
結局酒が原因で亡くなったから、二の轍は踏みたくないという思いが
あるのだろうと、勝手に解釈してた。

でも妹の話を聞く限り、それは俺の間違いだったと思った。
親父の口癖はたぶん悔しさと寂しさと強がりから出たものだったんだろう。
そうでなきゃあの親父が妹のリクエストにほいほい応じるわけがない。

(つづく)

131 :呑んべぇさん:02/07/20 00:15
(つづき)

その後のある日、突然親父から電話がかかってきた。聞けば、出張で
俺が一人暮らしをしている街に来てるから、メシでも食わないかという
ことだった。驚いた。帰省したときでさえほとんど会話もないような関係
なのに、どういう風の吹き回しだろう。

結局安い焼肉屋に行った。もちろん親父はまずビールとつまみを注文し、
俺はウーロン茶を注文した。俺の対面に親父が座っている。なんだか
居心地が悪かった。親父とサシで焼肉を食った。親父はビールで真っ赤
になっていた。まあ、酒が入るとすぐ赤くはなるが、酔い潰れた姿は未だ
かつて見たことがない。普段よりは饒舌になって、そのうち寝るといった
パターンが常だった。結局この日は仕事の話が主で、二人とも満腹に
なったところで店を出、親父はビジネスホテルへ、俺は自分のアパートへ
と向かった。

別れ際、俺は照れ臭さから、聞こえるか聞こえないくらいかの声で
「ごちそうさま」と言った。親父も同様に「気をつけて帰れよ」と言った。

依然として俺は酒を呑まないし、帰省しても親父に酒を薦められることは
ない。だけど、ふとしたきっかけで前スレからずっと読んできて、やっぱり
親父の心境は息子と酒を酌み交わしたいんだろうなと思った。

確か前スレで全然呑めなかった人が少しずつ慣らしていって、日本酒
一合くらいは呑めるようになったという書き込みがあったように思う。
だから俺も呑めるように慣らしていこうかなと考えてます。

ダラダラと失礼致しました。 (おわり)

132 :呑んべぇさん:02/07/23 18:32
もうすぐ夏なんだが、昔の事思い出しちゃった。
夕暮れの校庭。下校を告げるチャイム。でも、沈もうとしない太陽。
青い空、入道雲。もうすぐ、夏がくるんだ。わくわくした。

だから、余計に家には帰りたくなかった。
日が高くなっても、家は真っ暗だったから。
家に帰ったら、真っ先に照明をつけなきゃだめだった。
玄関から蛍光灯までの距離。たった、数メートル。
でも、その距離が小学生の自分には長すぎた。
母が帰ってくるまで玄関の石段に座ってじっと待ってた。
母が使う車に似た音が聞こえるたびに立ち上がり、違うと分かったらまた座り込む。

三十分ほど待ったかな、やっと母が帰ってきた。
家の鍵開けて、電気つけて、一緒に家に入った。
なんか、急に涙がでてきた。自分では止められなかった。
母が抱きしめてくれた。
気がついたら、母も泣いていた。

初めて素直になることの大切さを学んだ。
意固地になってたら、自分だけじゃなくて他人まで傷つけてしまうこと。

難しいことだけど、必要なことだと思う。
大切な人の前では素直な自分でいたい。

シラフで思い出し泣きなんてしたの初めてだ(´Д`;)
酒でも飲むかな、冷凍庫にビフィータが冷えてるはず (´▽、` )


133 :前スレより居座り:02/07/24 22:34
酒呑み旅行から帰ってきた。
とりあえず旅先で呑んで一番旨かった酒を父に供えた。

一緒に呑みたかったよう。


父が倒れて意識を失う直前まで呑んでいたスーパードライを今私は呑んでいる
と言いたいけど
経済的事情により本生w
今度の父の誕生日に、迎えられると思っていた次の誕生日に
その旨かった酒を母と開けようと思う。
だめかなおかあさん泣いちゃうかな


134 :呑んべぇさん:02/07/25 02:57
>>129-131
涙ものじゃいけど、感動した。
なんか微笑ましい。

135 :呑んべぇさん:02/07/31 05:26
遅レスだが>>124

お前は俺か?
お前も時々は声を出して泣けよ。

136 :呑んべぇさん:02/07/31 23:01
あのさあ、♀のレスは自己中というレスに同意しながら♀のあたしから。

夢中にという表現は適当じゃないけど
好き過ぎると盲目になるんだ。
おとうさんに使う言葉じゃないね
どうあなたに伝えたらいいんだろう?

137 :呑んべぇさん:02/08/01 15:01
>>136
「お父さん一緒に飲もうよ」だけでいいと思う。

138 :呑んべぇさん:02/08/02 02:45
>>137
そのレスが答になってるかどうかわからんが、
全く正しい気もする。

気の置けない人と飲んで、ぽつりと言った言葉が全てなんだなあ
みつを


普段は愛想笑い。でも、酒の席では「つまんねぇんだよ!」
みとぅを

139 :133:02/08/08 00:14
8/8 お父さんの誕生日なんだ。

だめだ。

呑めない

140 : :02/08/16 22:48
みなさんお盆はどうでしたか?

141 :http://kado7.ug.to/net/コギャルとHな出会い:02/08/16 22:49
http://s1p.net/nnn1

   朝までから騒ぎ!

  ヌキヌキ部屋へGO

   女子高生とH

142 :呑んべぇさん:02/08/30 19:48
弟が二十歳になりました。
父が本当に嬉しそうに
「今度お姉ちゃん(私)も一緒に3人で飲みに行こうなあ」
と毎日繰り返します。それこそ私が生まれた時からの夢だったと言います。
私達はなんだか恥ずかしくてはぐらかしてばかりいたけど。

なんだか今更で、何を話したらいいかわかんないけど、行ってこようと思います。

143 :呑んべぇさん:02/08/30 21:43
変な親父で、気が弱くて、不器用だけど、
中学で卒業して以来、50年間、同じ会社に勤めとうした親父。
博打も何もやらないけど、酒は何より好きらしい。
もうすぐ、俺も二十歳だ。
そしたら、酒でも奢ってやりたい。
「ご苦労さん」と一言とともに。

144 :呑んべぇさん:02/08/31 04:58
>>143
俺の親父は、大学に入った十八歳の夏に死んだんだわ。
「親父の息子」としてじゃなくて、大人として、
目の前に酒置いて一杯やりながら、
聞きたいこと、話したいことが山ほどあったんだけどね。
二十歳になってなくったっていいじゃないか。
今すぐ呼び出して一杯奢ってやれよ。いや、まじで。

145 :呑んべぇさん:02/09/01 12:35
父親といっしょに飲んだことはない。
10年前、中学の頃に女作って出ていったから。

それまでは父とは仲良かったし父も冗談で「もし離婚したらコイツは俺が育てる」
とか言ってたけど、今なお離婚の慰謝料をめぐってドロドロ揉めてる。(払う気無いらしい。)
たぶんこれから先会うことはないだろうし飲むこともないんだろうなあ、
と思うと父との酒ってのがどんな感じなのか興味あるねえ。

酒席じゃないけど、よく家族でホットケーキつくって食べたことはあります。
ホットケーキ見るたびに思い出します。



146 :少しだけ……:02/09/03 03:47
2週間ほど前に実家に帰った

俺は大学1年生
今年の4月から実家を離れて、現在は一人暮らし
親父は(良い意味での)「放任主義」で俺を育ててくれた
中学校に入学した日には「俺はもう今日からお前を大人として扱う 覚悟しておきなさい」といわれた
厨房でそんな意味も大して分からず「親父は俺に無関心なのか?」とも思っていた
高校、大学と進路を決める際にも親父が相談にのってくれることはなかった
「お前が自分で決めろ」それが親父の口癖だった
でもその裏には「(応援はしてやる)」って気持ちが伝わってきていた

親父は呑んべぇだ
毎晩残業して家に帰ってくるのは午後11時過ぎが普通だった
そして、毎朝5時過ぎに家を出て行く
休日には疲れもあって、親父は昼まで寝ていることが多かった
親父との会話は異常なほどに少なかった
中房の時から何度も親父に酒を勧められたがうまく避けてきていた
もちろん酒が嫌いなわけではない
でも『親父とサシで酒を飲む』ってことが不安だったのだろう


147 :少しだけ……:02/09/03 03:48
実家に帰った
たった4ヶ月離れていただけなのに親父が急速に老けたような感じを覚えた
あんなにでかかった背中が小さくなったように見えた
少しショックだった
その晩、親父に酒を勧められた
俺は今まで拒んでいたのが嘘のように素直に受け入れていた
グラスになみなみと注がれていくビール
乾杯したときの親父のうれしそうな顔は今後も忘れることはないだろう

今まで巨大な壁のように感じていた親父がその瞬間から手の届く存在になった気がする
男に生まれた者として、最初にこえなきゃいけない最大の男は親父だ
「やっとスタート地点に立てたのかな?」そう感じた

まだ二十歳にもなっていない俺
親父に追いつくのは何年後、何十年後か分からない
でも絶対に追いついてみせる
それが親孝行ってもんだろ


なぁ、親父……

148 :呑んべぇさん:02/09/11 21:28
保守age

149 :呑んべぇさん:02/09/20 14:32
>>143
激しく遅レスだけど一言

「ごくろうさん」ってあまりにも失礼じゃないか?
君が漏れの息子ならぶん殴ってるぞ。
「ありがとう」じゃないのか?

150 :呑んべぇさん:02/09/21 03:28
>>149
それは意味のとりようだと思うよ。
ご苦労様と言って上げたい149の気持ちを汲んであげなよ……

そもそも「オヤジ」って呼んでる家庭なんだから、そんなに畏まった
やりとりするのが不自然でしょ?
>>149の言いたいことも判るが、別次元の話だと思うぞ、あんた疑問。

151 :150:02/09/21 03:29
>>143の気持ちを汲むの間違い。

逝ってきます。

152 :呑んべぇさん:02/09/21 12:59
>143
ご苦労さまとは、目上の者が目下の者に使う言葉です。
揚げ足取りかもしれませんが、一応覚えておいた方が
社会に出た時に困らないと思います。
「お疲れ様でした」と酒を注いで上げれば良いかと思われ。

153 :149:02/09/23 17:09
遅レスですが・・・

>>152

漏れが言いたかったのはそういう事でした。
言葉足らずでした。

154 :呑んべぇさん:02/09/27 00:23
まっさか自分がここに書きこむことはないと思っていたんだが。

親父様、二人っきりで飲みに行った帰り、「娘を自慢したかったんだ」って
照れくさそうに言ってくれたね。
ホントは嬉しかったよ。
弟達とは、結局一度も飲めないまま、逝ってしまったね。
焼き場で待ってる間、みんなで飲んだ清めの酒は、苦かったよ。
彼氏を紹介できなかったのが心残りだけど、どっかで見てるかな。
来年の春は結婚式だったのに、どうしてもうちょっと待っててくれなかったのか。
最後まで、勝手を押しとおしちゃったね。

ねぇ、親父様、いつか帰ってきてね。あなたの子供たちの子供として。
そしたら、この人生で寂しかった分、いっぱい愛してあげるから。

155 :呑んべぇさん:02/09/27 03:25
非常に無粋で悪いのだが。

「ご苦労様」目上の者が目下に対し使う。
目下の者は「お疲れさま」。
これは能・狂言・歌舞伎の世界の“お約束”だったらしい。

言語学の観点では、「ご苦労様」も「お疲れさま」も
苦労や疲れを上の立場から労う言葉なので、
どちらも敬語には適さないという説もあります。

単純に、
「ご苦労様」NG、「お疲れさま」もNG、両方ok、の3通りの人がいるわけで。
「お疲れさま」が、もっとも安心でしょう。
個人的には、そこまで細かく拘る人たちは、どうかと思いますが。

酔っぱらいの戯言なので、細かいところは勘弁。

156 :呑んべぇさん:02/09/28 05:53
おとうさん
今日も孤独に過ごしてしまいました
わたしを愛してくれるようなひとは
あなたしかいないということを痛感しました
あなたを亡くした今、
孤独に耐えかねているわたしはどうしたらいいのですか

157 :age:02/10/03 02:35
aga

158 :呑んべぇさん:02/10/03 03:01
俺は今、大学2回生なんだけど、この前親父が逝った。
病院からの電話を受けて、すぐに九州から京都まで帰ったが
そのときは既に、息を引き取った後だった。
それから、葬式、遺産相続・・など。涙を流す暇もなかったw

とりあえず、一段落ついて
今は親父が飲み残した酒を飲んでる。
元々は4人で住んでた家が、今は俺一人
20年間過ごしてきた自分の家が広く感じる。

ついさっき、アルバムを見つけたんだけど
そこには、俺が生まれる前〜弟が生まれる頃の写真が貼ってあった。

自分の中に空いた心の穴に気づいて
そのとき、初めて涙が流れた。
とても、悲しかった。大切な人を失うつらさを、初めて味わった。
今日は、親父のことを思い出しながら朝まで飲もうと思う。



159 :呑んべぇさん:02/10/09 00:18
今日も泣き上戸しちゃったよ
恥ずかしいよ

160 :呑んべぇさん:02/10/12 02:43
良スレにてROMってばっかりだと悪い気がして。

気が付くと親父と同じ業界にいる俺なんだけど、
たまーに一緒に仕事したりすることがあるんさ。

仕事上がりで親父の行き着けに飲みにいったりすると、もう大変。
店の人や顔見知りに会うとニコニコして「俺んとこの長男」って。

やっぱ、嬉しいんだろうな。親父の親父さん(爺ちゃん)って人は
親父が18の時に亡くなってるって話だし。

そんな親父を見てるとこっちまで嬉しくなっちまうぜ。
明日にでも顔、出してくるか。

161 :呑んべぇさん:02/10/12 02:52
シツコイようだが、お疲れ様とかご苦労様の件。

ウチはオヤジとは友人のような付き合い方をしてる。
家の中でも「よっ」「おっ」テナ挨拶をしてる。
それは俺がオヤジをなめてるわけじゃなく、
オヤジがそういう友達みたいな関係を息子(オレのことだ)に
求めてるからだ。

最近は、そういう関係がオレも楽しい。
旧友みたいにビール瓶はさんでヒザつき合わせて、
「最近、どうよ」みたいな会話してる。

礼儀とかはあるけど、その家庭の事情とか性格とかが違うから、
それはそれでいいんじゃないかな。


162 :呑んべぇさん:02/10/12 22:09
そういやこの前、親父に敬語使って初めてメール書いたよ。ちょい照れくさかった。

まぁ、それは置いといて
うちは親が離婚しちゃってるんだけどさ、親父と一緒に飲む時は、>>161と同じ様な雰囲気だな。
お互いに女の話したり、どっちが結婚早いかとか。(笑)
家族の関係は切れちゃったけど、今の関係には満足してる。
こういう形もありなんだなって思えるようになったのが良かったのかな。

ただ、一つ言うなら
父と母がよりを戻せなくても、いつかは(元)家族でわだかまりなく、まったり飲んでみたいね。



163 :呑んべぇさん:02/10/20 22:42
学がないですが、私も。
3年前、私は胃癌になりました。
幸い、何とか生き延びれました。
息子が、去年、不慮の事故で他界いたしました。
享年19歳でした。
親孝行してほしいとは思いませんが、せめて私よりはという思いが有りました。
不定期ですが、閲覧させていただいています。
この掲示板はありがたいです。
ありがとう。


164 :呑んべぇさん:02/10/23 23:13
一人暮らしを始めて半年、出張で来た父に誘われて、今日初めてサシで飲みました。
焼き鳥屋のカウンターで、家族の話やら、親父の昔の話やらと特に変わり映えの無い内容でした。
ただ普通に話して呑むだけだったんだけど楽しかった。

父とは色々な部分で大喧嘩して、人間として許せない部分も沢山見つけて、一時は随分恨んでました。
頭に血が上ると見境無く怒る人間で、大事なことは酔わないと何一つ言えない人で、
死ねとか殺してやるとか何度も言われました。

だけど、呑んだ後で別れてから、
この人は、方法とか手段とか、表現方法こそ間違ってて下手だけど、
確かに自分に愛情を注いでくれているんだなと思いました。
何か私やっぱ愛されてるんだなーと。
ずっと父親を許すことが出来なかったんですが、もうそれも止めようと思えました。

ただ飲んだだけなんですけど、
帰り道に色々なことを考えていたら、何だか無性に泣けてきてしまいました。
明日になったら忘れちゃうかもしれませんし、この気持ちも消えてしまうかもしれませんが、
本当に十数年ぶりに、父親を好きだと思えました。
沢山食べて呑んでる私に、もっと沢山食べろよーとか好きなもの注文して良いぞーとか言った父を思い出すと、
何でだか今でも涙止まらないです。
お父さん大好きです。

スレ違いかもしれないですが…まだ酔ってるので文章おかしかったらすみません。

165 :某1:02/10/24 20:30
ありきたりの家族で書くことあんまりないんでROMってます。
このスレがじっくり育ってくれてウレスイです。

166 :呑んべぇさん:02/10/27 14:17
家族の大切さを思い起こしてくれる
私にとっても大切な、2ちゃんらしく
ないスレです。
某1さんに見習って私も他所で
家族に関するスレを育てています。

お酒の話題ではないのでsageます。

167 :166:02/10/27 14:18
sageっていなくてすみません・・・。

168 :呑んべぇさん:02/11/01 01:05
ありきたりの家族です、親父を駅に迎えにいった帰りに良く親父と
飲みます、美味い酒です、親父も酒は強くないし、俺も強くありません
でも、二人とも好きなんで、楽しい酒のんでます。
このスレを見て思った事は、みんなそれぞれ人生があるな〜と
思いました、酔ってるので少し飛んだ考え方かもしれませんが
人を馬鹿にはできないなと思いました、人を馬鹿にするのは
その人の歩んできた道を馬鹿にすることだなと思いました。
難しい事かもしれないけれど、これからも楽しい酒を飲んで行きたい
なぁ〜っと思いました。酔ってるから、こんな文しかかけません
又、酔ってるかこんな文を書いたんだと思います。

      酒に乾杯

    

169 :呑んべぇさん:02/11/12 07:26
保守・・・・・・

170 :呑んべぇさん:02/11/14 19:49
このスレ大好きだ。
俺の親父は高校の時に突然心臓の病気で亡くなっちゃった
んで一緒に飲んだことは一度もなかった。
だから親父とそれができる人がうらやましくてな。
最近バカ息子の俺が婚約したんで、それを肴に飲んだら
どんなにいい酒だったろう。

171 :呑んべぇさん:02/11/18 19:25
内容も内容なんで、コテ無しで書かせて頂きます。

私は幼い頃、日本酒と煙草の好きな祖父にベッタリだった。
良くハイライトを買いに行かされてたのを憶えている。
夜は膝の上に乗せてもらい、独特の煙草と酒臭さの中、
夕食を共にしたものだった。
いつしか私も高校・大学と進学して一人暮らし、就職しても
離ればなれの生活だったが、会いに帰るといつも元気だった
ので安心していた。

しかし、秋も終わる頃に突然体調が悪くなり、その3日後、
亡くなったとの連絡があった・・・
仕事を休み、まずは泣いている場合じゃないと通夜に駆けつけたが、
その日の通夜は親戚の対応に追われ、かなり忙しかった為か涙は出なかった。

でも、次の日に葬式にて位牌と共に飾られた祖父の写真を見て、
私はその場で泣き崩れた・・・
その写真は、幼い頃の私を膝に乗せて撮った夕食での写真でした。
お葬式用に加工されていても、元写真が鮮明に浮かび、風景・匂い・音が
手に届くように頭の中を巡りました。私は何分泣いていたのか、未だに
わかりませんが、父に声を掛けられるまで意識が飛んだような状態でした。

父から「いろんな写真を探したんだが、この時の笑顔が一番心から
笑ってると思ったんだよ」と聞き、さらに泣きました。
ハイライトと日本酒を添えて天国に旅だった祖父には、幽霊でもいいから、
もう一度逢いたい、そして酒を酌み交わしたいと心から思う。

172 :呑んべぇさん:02/11/27 07:39
 

173 :けいこ:02/11/27 20:35
年賀状をやりとりするだけになっている友人から
今日、喪中のはがきが届いた
おとうさまが亡くなられたとのこと

去年の春先、その友人と呑みに行ったときに「父親」の話題になった
私は世界一のファザコンで、思い出しただけで泣き出す
友人は自分の父親のする行状が許せない、家族を不幸にしていると嘆いている
正反対の状態だった
私も生前の父には、まさか亡くなるなんて思ってもいない状態のときには
酷い言葉を吐いたりもしていた
・・・・生きている家族だからこその毒づきだったって言い訳したいよ
今思うとなんてことを云ったんだろうと身体を引き裂きたくなるくらい辛い
酒の席では、友人も 頼むからそういうこと云わないでと私がお願いするくらい
毒づいていた

今、このはがきを出してくれた友は、父親に対する思いは


問いかけたいが、連絡をとりたいが
私にはことばがでない

174 :呑んべぇさん:02/12/04 23:44
もうすぐ命日なんだ ageさせてくれ

175 :バカな甥:02/12/05 21:44
ごめん、スレ違いだけどカキコさせて
家族じゃなくて叔父さんと飲みたかったな。
叔父さんと仕事の事とか話しながら飲みたかったよ・・・

天国に行くには早いだろ!

まだ、下の子供幼稚園だぞ!

病気だったから仕方がないなんて悔しいよ!

でも、叔父さんのほうが悔しかったんだよね・・・
「いい人ほど先に・・・」この言葉が頭から離れない

もうすぐ命日だね
墓前に酒持って行くからさ飲もうな
口で語らずに心で語り合おうね
                      (尊敬していた叔父さんへ)

スレ違いな上に文章メチャクチャですいません






176 :呑んべぇさん:02/12/05 23:19
>>175
おまえに出来ることは今を精一杯生き抜くことだ。
明日死んでも悔いの無いように、
毎日を一所懸命に生きることだ。
その生き様を知る者は、
おまえの事を決して貶しはしない。
その姿を知る者は、また一所懸命に生きることだろう。
今宵は一杯の酒とともにゆっくりと眠るがいい。

177 :呑んべぇさん:02/12/05 23:24
別れにはいくつか種類がある。
相手が遠くに引っ越してしまったりする物理的な別れ、
近くにはいるけど喧嘩して喋らなくなる精神的な別れ。
ただ、これらはもう決して絶対会えない訳じゃない。
努力すれば会えるのだ。

でも、それが叶わない別れもある。

死別
相手が死んでしまったらもう会えない。
どれだけ会う事を望んでも、努力しても、不可能。
絶対的な別れ。当然辛い。
だから、そうなることを避けようとする。

一日でも一時間でも一分でも、、、ほんの少しでいいから
長くそばにいてほしい。
ただ、そうすることが相手にとっては苦痛でしかないのなら
自分はどうするべきなんだろう。
もし、自分の大切な人が死にたいと願ったら
自分はどんな反応をするのだろう。
たぶん、最初はこう答える。

「嫌だ」

身近な人であればあるほど自分の中での存在は大きく、
それを失う事は自分にとってとても辛い。


178 :呑んべぇさん:02/12/05 23:24
よく、ぽっかりと穴が空くという表現を聞くがまさしくその通りだと思う。
でも、おそらくこれが自分に一番正直な答えだ。
これは自分のエゴ100%の意見だ。
相手のことなんて考えてない。自己満足だ。
その人は何かと引き換えに死を選ぶ。
それに反対するという事は、その何かを捨てさせるということだ。
死んでまでも守りたいものを捨てさせる
そんな権利が私にあるのだろうか。

いつか自分にはその答えを出す時がくる。
できれば考えたくもない。想像もしたくない。
でも、必ず訪れる。いつかはその選択に迫られる。
どう答えを返すべきなのか、いくら考えても拒否する事しか思い浮かばない。


その人はまるで、いつその時が来てもいいように一生懸命に生きている。
だから、俺も今は同じように一生懸命生きようと思う。

いつその時が来ても逃げずに向き合えるように。


179 :177&178:02/12/05 23:29
なんか、>>176とかぶっちゃったな・・・・・

一所懸命生きようぜヽ(`Д´)ノ




180 :呑んべぇさん:02/12/05 23:38
>>179
ここは酒板だ、
まずは飲め。
そして酒とともに語るがいい。

181 :呑んべぇさん:02/12/06 00:35
>>177-178
そうですよね。

182 :バカな甥:02/12/06 00:54
なんかみんなのカキコ見ていたら
言葉が一つしか見つからなかったよ

みなさんありがとう

叔父さんの分も一所懸命生きてみるよ




183 :けいこ:02/12/09 21:14
>>182 そうだよね それしかないかもだよね
わたし泣きながらだけど、なんか嬉しいよ

今日命日なんだ
私はいつも普通に会社に逝って帰ってきてた、今日もだよもちろん
最寄り駅から家までは近いから歩いて帰る
ときどきおとうさんが同じ電車に乗ってることがあってさ
しずか〜に近付いてきて私に並ぶんだよ
「おかえり」私はおとうさんに話し掛けるけど
おとうさんはその言葉に反応して軽く笑みを浮べて黙ったまま。
そこから何分かを黙ったまま並んで家まで帰った

おとうさん やっぱりあなたは優しいひとだよ
素敵なひとだよ
この世でいちばん大好きだよ

今考えるとさ、まっすぐうちに帰るんぢゃなくてさ
ちょっと一杯ひっかけていきたかったね
今日とか寒かったからさ
熱燗とおでんとかさ、一緒に呑んで食べたかったよね
今日くらいは夢にでも出てきてよ お願いだからさw

184 :バカな甥:02/12/09 22:58
けいこさんへ

[この世でいちばん大好きだよ]

この一言できっとおとうさんは、満面の笑みを
浮かべてるんじゃないかな。(もしかしたら照れ笑いかも)

不謹慎かもしれないけど
けいこさんにこんなに思ってもらってるおとうさんは幸せなだね

熱燗とおちょこを二つ用意して一つはけいこさんが
もう一つはおとおさんに・・・
きっと喜ぶと思いますよ


185 : ◆0TYmCQN0xs :02/12/17 21:25
保守しとく・・・・

186 :呑んべぇさん:02/12/21 05:46
祖父が11月に病気で入院して、この前退院してきました。
電話で喋った時は、いつもと同じように照れくさそうにボソっと喋ってたから安心したけど
母から聞いた話では、やっぱしんどいらしい。
年末に実家帰ったら、祖父と一緒に飲む約束しました。
年取って、死んでいくのは仕方の無いことだけど、やっぱ納得できないですよね。
とりあえず、いっぱい愚痴って、甘えて、言いたい事ぶっちゃけてきます。
曾孫の顔見せるまで逝かせないから覚悟するように!!

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